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焦げたキムチ

2010/09/11 Sat 11:45

キムチ

昔、ほんの少しだけ浅草に潜伏していた事がありました。
つまんない事件で凶状持ちとなり、新宿を追われ追われて辿り着いたのが浅草でした。
まだ20代になりたてのハナクソ時代の頃です。

そこは、マンションの窓から浅草の六区が見える、そんな賑やかな場所でした。

浅草と言う町は色々な顔を持っている町です。
明るく華やかな反面、何かにつけて妙に古臭く、そしてどんよりと暗い。
なによりも貧富の差が激しい。
伝統を受け継ぐ老舗な旦那衆が、夜な夜な粋な遊びに酔いしれてるかと思えば、路地の隅っこでは乞食がガーガーと大鼾をかいでいる・・・
そんな素敵な貧富の差を間近に感じる事ができる、実に人間臭い町です。

そんな浅草でくすぶっていた僕は、「貧」のどん底でした。
全財産はポケットの中の小銭だけです。
右のポケットには夢も入ってませんので美空ひばりの東京キッドにもなれません。
そんな僕は、ひょんな事から知り合った女のマンションに転がり込んでいたのでした。

時代はバブルがぶっ飛んだ直後でした。
と言っても、生まれてこの方ずっと無職の擦れっ枯らしな僕にはバブルなど関係ございません。
ですから、そんなものが沸き上がろうが弾けようが僕のポケットの中は変わらないのです。

しかし、その女にはバブル崩壊は関係しておりました。
色々と事情が合ったのでしょう、女は、しばらくすると浅草のすぐ近くにある千束のトルコ風呂へ働きに行きました。
その女は僕よりも3つ年上で、妙に目がパッチリとしたスタイルの良い在日韓国人でした。

そんな彼女に、「金、いくら必要なんだよ」と僕がそう聞くと、女は「できないくせに」とケラケラ笑います。
僕達は、いわゆる恋人同士ではありませんでした。
彼女は、野良犬のような凶状持ちの僕にヤサを提供してくれたというだけです。
僕はただの居候です。

しかし一宿一飯の恩です。
僕は彼女の借金をなんとかしてやりたいと考えますが、しかし、僕の左のポッケにはチューインガムすら無いのです、他人の借金をどうこうするどころではございません。

だけどそんな彼女は、何もしてやれないこのゴキブリのような居候に色々と尽してくれました。
腹一杯メシも食わせてくれましたし、時々小遣いもくれました。
そしてある時、「男ならイイ格好しなよ」と革の靴をプレゼントしてくれたのです。

黒くてピカピカの靴でした。
しかし、当時の僕は、着の身着のままで潜伏生活を送っていましたからスーツなど持っておらず、いつもジーンズです。
ジーンズに黒いピカピカの革靴はとっても似合いません。
だけど僕は彼女の気持ちが嬉しかったので、出掛ける時にはジーンズにピカピカの革靴を履いて出掛けました。
すると彼女はそんな僕を見て「田舎のロックンローラーみたい」とケラケラ笑っていたものでした。

そんな彼女は、収入の良いトルコ風呂で働いてはいましたが、しかし、いつも嵐のようなサラ金の返済に追われているため、財布はスッカラカンです。
マンションの家賃も危うくなりかけ、遂に僕が「よし、俺も働く」と決心すると、彼女は「あんたにゃ堅気の勤めは無理だよ」と鼻で笑い、そして「私がなんとかするから心配いらないよ」と、いつもどこからかわずかな金を都合して来てはやり繰りしていました。

そんなある日、マンションの窓の下から「おーい!」という彼女の声が聞こえました。
相も変わらず部屋の隅で星占いばかりしては自分の人生を占っていた僕は、部屋の窓をガラガラッと開け、下で手を振る彼女を見下ろしました。

「お客さんからチップ貰ったからさぁ、何か旨いもんでも食いに行こっか!」

仕事から帰って来た彼女は、窓の外からそう叫びながら僕を誘ってくれたのです。
当時、永谷園のお茶漬けばかり喰っていた僕は、彼女の言う「旨いもん」という言葉にたちまち飛び上がり、「うん!行く行く!」と星占いを蹴飛ばすと、ジーンズに例のピカピカの革靴で部屋を飛び出したのでありました。

今でも忘れません、あれは寒い寒い冬の夜でした。
確か、クリスマスが近かったように思います。六区のあちらこちらからは、やたらと賑やかなクリスマスソングが流れていたような気がします。
僕が六区の風にブルブルっと体を震わすと、「今度、温かいジャンパー買ってあげるよ」と彼女は笑い、すると僕が「いいよ。俺が毛皮のコート買ってやるよ」と強がります。

そんな2人が訪れたのは、六区の横道を入った薄汚い路地裏でした。
そこは貧しい在日韓国人がひしめき合って暮らしている裏通りです。
そんな通りには、ズラリと並ぶ小さな焼肉屋から溢れ出る香ばしい香りがムンムンと溢れていました。

1軒の小さな小さな焼肉屋に入りました。
4人掛けのカウンターと2人掛けのテーブルが1つだけある、そんな終戦直後の闇市のような店でした。

「好きなもん食べていいよ」
彼女はそう言うと、自分はトックとキムチだけ頼みました。

今思えば、嗚呼、なんと僕は食い意地を張っていた馬鹿野郎なのでしょう。
そんな質素な彼女の注文にも関わらず、骨付きカルビ、はらみ、上ミノ、ユッケ、と、メニューにあるもの手当り次第に頼みまくります。
しかし彼女はそんな僕を嬉しそうに見つめては、大きな瞳でクスッと微笑んでくれていました。

まるで食事療法から解放されたライオンのように、僕は、肉・肉・肉を獰猛に貪り喰いました。
久しぶりの動物性タンパク質です。永谷園のお茶漬けを冷や飯にサラサラっとかけ、そこに台東区の汚れた水道水をぶっかけては腹にかっ込んでばかりいた僕には、この歯ごたえのある肉の食感と香ばしいニンニクの香りが堪らなかったのです。

僕は、焼肉のタレがじんわりと染み込んだ白飯をガバガバガバっと口の中にかっ込み、それをモグモグさせながら「どうして喰わねぇの?」と彼女に聞くと、彼女は「こんな時間にそんなもの食べたら太っちゃうよ」と笑っては、ただひたすら網の上でキムチをジューッと焼いておりました。

網の上では、水分を蒸発させたキムチがパリパリに乾涸びてはほんのりと赤茶色く焦げていました。

「それ・・・旨いの?」
僕は口をモグモグさせながら、彼女が1枚1枚丁寧に焼いているキムチを見つめてそう聞きます。
「うん。美味しいよ。食べてみなよ」
彼女は、焦げてる方がおいしいからと、焼肉のタレでぐしゃぐしゃになった僕の白飯の上に焦げたキムチを乗せてくれました。

口の中の白飯を飲み込んだ僕は、萎れてしまった焦げたキムチを箸で摘み、パクッと口に放り込みました。
強烈な辛さが口の中に広がりました。熱く焼けている分、唐辛子は猛烈に僕の舌を襲います。
「旨いけど、辛いよ」
僕がそう言って慌てて白飯をかっ込むと、彼女はそんな僕を見てクスッと笑い、「私、子供の頃からこればかり食べてたんだよね」とポツリと呟いたのでした。

やたらとピカピカに輝く革靴で路地に出ると、薄汚い路地裏を吹き荒む冷たい風が僕の首筋を通り抜けて行きました。
「寒いから風邪引かないようにな」
スプーンおばさんのような韓国人のおばさんに、独特な訛りのある口調でそう見送られながら彼女が店から出て来ました。

「これ、貰っちゃった。ここのアボジが漬けたんだって」
彼女はビニール袋に入ったキムチを嬉しそうに抱きながら笑いました。
「アボジって何?」
歩き出した僕がそう聞くと「アボジはお父さん。お母さんはオモニ」と彼女は、何故かふふふっと微笑みながら教えてくれました。

帰り道、再び六区に出ると夜の町は華やかでした。
浅草は貧富の差が激しい町です。
ジングルベルのメロディーの中を、裕福なカップルが幸せ一杯の笑顔で歩き、その足下には、今にも凍え死なんばかりの乞食が新聞紙に包まってブルブルと震えています。
そんな六区を、やたらと靴だけピカピカなチンピラと、ビニール袋に入った真っ赤なキムチを嬉しそうに抱くトルコ嬢は、貧乏臭い肩を寄せ合いながら歩いて帰りました。

卑猥なポスターが張ってあるオールナイトの映画館の前に不良が4、5人いました。
彼らは皆、ヴェルサーチやアルマーニといったシャレた格好をした、今だバブルに取り憑かれた不良達です。
お喋りしていた彼らは、僕を見つけるなりピタリと口を閉じました。
そして、おキマリのガンを飛ばして来たのです。

浅草と言う町は、新宿に負けないくらい不良がいます。
しかも彼ら田舎っぺは妙な地元連帯感があり、誰かがヨソ者とケンカをおっぱじめると、どこからともなく地元のヤンキー達がザワザワと集まって来ては加勢しやがるのです。
まさしく三社祭のノリなのです。

浅草の不良は足立の不良よりも危ねぇぞ、という先輩の言葉を思い出し、僕は映画館の前に溜っているヴェルサーチ軍団から何気に目を反らしたのですが、しかし、そうは問屋が降ろしません。
不良の世界は飲酒運転検問中のおまわりさんよりも厳しいのです。

「おい、こらぁ」
誰かが僕に叫びます。
その誰かかが叫ぶ「こらぁ」の「ら」は、北島三郎のサビよりも巻き舌です。

「おいこら」と呼び止められ、「はいなんでしょう」では、不良の世界ではメシは食っていけません。
この場合、「なんだ、こらぁ」か、若しくはシカト(知らん顔)しかございません。

彼女が、そう呼び止められた僕に「早く行こっ」とシカトを促します。
凶状持ちの僕が、今ここで問題を起こしたらヤバい事を彼女は小声で説得しながら、歩いていた足を速めました。

すると再び「おい!」とドスの利いた声が背中に突き刺さります。
相手は4、5人です。
腕力のケンカには自信はありませんが、卑怯なケンカなら自信あります。
こちとら金波銀波キラめく悪のメッカ新宿歌舞伎町の不良です、腕っ節が強いだけの浅草の芋ヤンキーなんかに舐められてちゃ、歌舞伎町で汗と汁にまみれて働く風俗姐さん達に顔向けができなくなります。

僕は、すかさず歩道の隅に置いてあった「車両通行禁止」の移動式看板を見つけました。
後から僕の後を付いて来た小僧が「待てよコラぁ!」と僕の背中に吠えました。
吠える小僧の後ではパンチパーマの仲間達が見守っています。
僕はすかさず「車両通行禁止」の移動式看板を両手に抱えると、「なんだコラぁ!」とそれをおもいきりぶん投げました。

しかし、その移動式看板の下には、なんとも大きなタイヤが括り付けてあり、投げられたそれは「ぶっ飛ぶ」というよりも、ゴロゴロと転がるではありませんか。
道路の真ん中で激しい音と共に標識看板がひっくり返ると、その音が突撃ラッパの如く映画館の前にいた不良達が一斉に歩道に飛び出して来ました。

「もう!早く行こうよ!」
慌てた彼女が、僕の腕を掴みました。
その時、彼女が持っていたキムチの袋が歩道へ落ち、それは「ビシャ!」っという音を立てて破裂し、歩道一面をキムチの海に変えました。

大声で怒鳴り合う浅草のヤンキーと新宿のチンピラ。
足下は真っ赤なキムチの海です。

「テメェドコのモンだぁコラぁ!」
「新宿だよこの野郎、文句あっかコラぁ!」
「浅草に何しに来てんだよコラぁ!」
「何だっていいだろコラぁ!」

基本的に最後は「コラぁ」であり、互いに「コラぁ」を譲りませんので「コラぁ」の怒声ばかりが飛び交います。

しかし、まだ「コラぁ合戦」であり、互いに手は出しません。
最初は互いの「コラぁ度」を確かめているのです。
これで僕が相手の胸ぐらでも掴もうものなら、彼らは一斉に僕に飛び掛かって来ます。
袋です。僕はズタ袋のようにされ隅田川に放り込まれます。
だから僕はそう簡単に手が出せません。
相手も、いつ僕が凶器らしきモノを取り出すかと言う警戒心でピリピリしてますから、そう簡単には手は出して来ません。
だから互いにコラぁコラぁと叫びながら様子を伺っているのです。

コラァ!コラァ!とうるさいガキ共に、遂に近くのテキ屋のおっさんがキレました。

「うるせぇぞゴラぁ!商売の邪魔だあっち行けゴラぁ!」

それは年期の入った「ゴラぁ!」でした。
「コ」ではなく「ゴ」を使うとこなんてさすがは本職です。
「らぁ」の巻き舌も、金玉をキュッと縮ませるほどの迫力でした。

仲介人は時の氏神様です。
不良の世界では、仲介人が入ってもまだ「コラぁ!」を続けると言うのは、その仲介人をも敵に回す事を意味します。
浅草の不良は地元のテキ屋を相手にする程、馬鹿ではありません。
田舎のヤンキーは上下関係の筋を持っているのです(その点、新宿の不良はダメです。キチガイばかりです)。

キムチの海に立ちすくむ僕を遠巻きに睨みながら「新宿の百姓がふざけてんじゃねぇぞコラぁ・・・」と浅草のヤンキー達がジワリジワリと遠離って行きます。
今がチャンスです。
コラぁ合戦を集結させるのは今しかありません。

「早く行こうよ・・・」
彼女は僕の手を引っ張りました。
ふと見ると、キムチは全部溢れています。

「・・・これ・・・」
僕が申し訳なさそうにキムチの汁でベトベトになったビニール袋を摘まみ上げようとすると、彼女は「いいから早く行こうって」と、遠くでまだ睨んでいる浅草ヤンキーを気にしながら僕の手をおもいきり引っ張ったのでした。

部屋に帰る間、歩く僕の靴の中はキムチの汁が、グチュ、グチュ、と嫌な音を立てます。
彼女は、浅草ヤンキーが追って来るのを心配してか、スタスタと早足で先を急ぎます。

グチュ、グチュの音に耐え切れず、立ち止まった僕は革靴を脱ぎました。
歩道の真ん中でピカピカの革靴をひっくり返すと、中からジョロジョロジョロ・・・っと真っ赤なキムチの汁が出て来ました。
そして靴底にへばり付いているアボジのキムチを摘まみ上げると、数歩先で立ち止まっては僕をジッと見ていた彼女が、キムチを摘むそんな僕を見て可笑しそうに「プッ」と噴き出したのでした。



その後、新宿の事件の熱りが冷め、僕は再び新宿へと帰って行きました。

それ以来、僕は彼女と会っていません。
当時は携帯電話なんてものは一部のヤクザ者か地上げの不動産屋しか持ってませんでしたから、彼女との連絡方法がなかったのです。
だから僕は時々浅草に行っては彼女のマンションに寄ったりしたのですが、しかし彼女はいつも留守でした。

そしてある時、メモ用紙で書かれていた彼女の表札がマンションのドアから消えました。
慌てて吉原のトルコに電話しました。
しかし彼女は数ヶ月前から店を辞めていました。
そこの店長に彼女の新しい勤め先や住所を尋ねましたが、しかし、トルコ嬢の行く先などわかるはずがありませんし、それに知っててもそんな事を教えてくれるわけがありません。

今では彼女の顔も名前も忘れてしまいました。
あの時のピカピカの革靴もいつの間にか消えてなくなりました。
しかし、僕の心の中では、彼女はいつまでも「浅草の女」として残っています。

彼女ともう一度会いたいと思いますが、しかし探すにも探しようがございません。
だから僕は、浅草に寄ると必ず焼肉屋に行きます。
あの在日韓国人達がエネルギュッシュな煙をモウモウと撒き散らす路地裏の焼肉屋。
あの時のスプーンオモニの焼肉屋はもうありませんが、しかし、この路地裏のどこかの店で、今でもキムチを丁寧に焼いている彼女がいるような気がしてならないのです。



先日、麻布のオシャレな焼肉屋にキャバ嬢数人を連れて行きました。
まるでフランス料理店のようなオシャレな店でした。
メニューも、なんだかディズニーランドのアトラクションのような夢のある名前の商品ばかりです。

しかし、どんなオシャレな焼肉屋でも、僕は必ずキムチを焼いて食べます。
そんな僕を見て、巻き髪のキャバ嬢が「そんなの焼いておいしいの?」と重そうなツケまつげをパチパチさせました。
「食ってみろよ・・・」
僕はそう言って、彼女のお皿に焦げたキムチを乗せてやりました。

そんな焦げたキムチを、結局キャバ嬢達は一口も食べませんでした。
焦げたキムチは、最後まで、白いお皿の上に残っていました。

「ねぇねぇ、この間のさぁ、京都に連れてってくれるって約束、どーなったのよぉ~」
押尾学と乱交した事があるというのが自慢のキャバ嬢が、高そうな差し歯をキラキラさせながら僕に甘えて来ました。
僕は黙ったまま、テーブルの隅に追いやられた焦げたキムチを口に入れました。
冷たくなった焦げたキムチは、浅草の女の味がしました。




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