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昭和の恥ずかしい歌1

2010/12/04 Sat 11:41

    20101127000322498のコピー

昭和のアイドルの曲というのは、垂れ流しで聞くと薄っぺらくて実に恥ずかしい唄に感じますが、しかしよく噛み締めて聞きますと八代亜紀の唄に匹敵するくらい哀愁が漂う唄でございます。

そんな昭和のアイドルの唄を、愚人的によく噛み締めながら徹底分析してみました。
本日御用意致しました昭和アイドルの恥ずかしい曲は、マッチの代表曲ともいえる「スニーカーぶる~す」です。

この「ぶる~す」と平仮名で書く所が80年代の香港コメディー映画のようでとても哀しいです。
いかにも低レベルな少年少女が熱狂しそうなこの「ぶる~す」は、決してアフリカ系アメリカ人の黒人が唸るブルースではなく、あくまでも「ぶる~す」という、マッチの存在自体が作り上げた全く新しいジャンルといっても過言ではないでしょう。

この「ぶる~す」は刹那的なラブソングです。
付き合って1年足らずで別れ話を持ち出すという、男を弄ぶヤリマン少女の非情で冷酷な交際劇を、実に醜くそして鋭く描いた無惨な別れの唄なのです。

この歌詞の主人公は、恐らく中学生~高校生の少年少女ではないかと予想されます。
女は遊び慣れたヤリマンで、男は純情なサッカー少年。
この曲は、そんな冷酷な少女と未練タラタラな女々しい少年のドロドロとした青春ぶる~すなのです。


それでは、そんなマッチの「スニーカーぶる~す」を愚人的に分析してみましょう。

【スニーカーぶる~す/近藤真彦】



ペアでそろえたスニーカー
春 夏 秋と 駆けぬけ
離ればなれの冬が来る


まず、スニーカーをペアで揃えると言う所が、恥ずかしい80年代を物語っています。
この時代は、「ペアルック」と言うファッションがとにかく流行った時代でありまして、家族、カップル、仲良しグループと、なんでも「お揃い」にすればラブリーだと思っていた、まさに日本のファッション界の暗黒時代と言えるでしょう。
しかし、たとえ国民が血迷っていた時代といえど、まぁ、せいぜいTシャツのペアルックまでが限度で、それ以上のペアルックというのは、さすがの80年代でもそれは「狂気」といえましょう。
そんな中、この少年少女は「スニーカー」という、今までにない斬新なペアルックをやってのけたのです。

これは恐らく、ヤリマン少女の策略ではないかと僕はプロファイリングします。
つまりこの少女は、この純情サッカー少年だけでなく他にも男がいたということです。
ですから通常のペアルックである、Tシャツやペンダントといった「目立つペアルック」を少女は避け、あえてスニーカーと言う「目立たない足下」をペアルックに選んだのではないかと僕はそう睨んでます。

しかし、そんなお揃いのスニーカーもたった8ヶ月足らずで終わりを迎えるのです・・・

五分だけでもいいから
俺の話を聞いてよ
別れの電話取り消せよ


はい、純情少年フラれました。
「五分だけでもいいから」という所が、切なくて女々しいです。
まるで、出て行った女房に言い訳するダメおやじのようです。
しかも、「取り消せよ」とはいささか横暴です。
それまで「五分だけでいいから」と、とっても謙虚な姿勢だったにも関わらず、いきなり「取り消せよ」と強硬手段に出るとは、この純情少年、かなりヤリマン少女に貢いでいたのでしょう、トチ狂ったとしか思えません。

ジグザグザグ ジグザグジグザグ
ひとりきり
青春の手前で うらぎりはないぜ


やはりトチ狂っていました。
この「ジグザグジグザグ」というのは、裏切られた純情少年の気持ちではなく行動です。
そう、トチ狂った少年は、もうどうしていいかわからず、ひたすら歩道をジグザクと蛇行しているのです。
ブツブツと独り言を言いながらアッチ進んだりコッチ進んだりするこの奇妙な行動パターンは、精神病患者やストレスの溜った動物園の熊などに多く見られる行動です。

そして、この場合の「青春」。
「青春の手前で裏切りはないぜ」という言葉からして、この場合の青春とは「セックス」を意味しております。
そう、この純情少年は、ヤリマン少女から「クリスマスにね・・・」と、セックスを勿体ぶらされていたのです。

ジグザグザグ ジグザグジグザグ
ふたりきり
このままで背中からずっと
抱いていたい


さて、ここでいきなり場面が急展開します。
さっきまでジグザグしていた少年は「ひとりきり」だったのに、しかし、ここでのジグザク少年は「ふたりきり」です。
しかも、「このまま背中からずっと抱いていたい」と続いておりますから、これはもう、遂にジグザグ少年が実力行使に出たと考えてもいいでしょう。
トチ狂った少年はジグザグしながら少女の家へ行き、そのまま勝手口から侵入。2階の少女の部屋へとやっぱりジグザグしながら階段を上り、そしていきなり少女を背後から拘束したのです。
「このままずっと・・・」と、少女の耳元で呟く少年は土足で侵入しております。
そう、彼の足には、少女との思い出のスニーカーがしっかりと履かれたままだったのです・・・・

Baby スニーカーぶるーす Baby この世界中
Baby 涙でびしょぬれ Baby スニーカーぶるーす
Baby 俺たちはまだ Baby 青春知らずさ

「Baby 」。これは赤ちゃんという意味ではありません。
これは、よくアメリカ野郎が「へい!Baby !」と言う場合の「Baby 」でありまして、つまり「可愛い女の子」という意味です。

この時の少年は既にトチ狂っていますから、「可愛い女の子よ、見ろよ思い出のズック靴だぜ」と、少女にあの楽しかった時を思い出させようと必死なのです。
しかし、少女は「出てけよバカヤロー!」と騒ぐもんですから、少年はわんわんと大泣きしながら、「約束の青春してないぢゃないかぁ!」と、まだ童貞である自分が情けなくて可哀想でやるせないのです。


尚、この歌の2番になりますと、「うつむいたまぶたに 最後のくちづけ」とあります。
これは、恐らく、あまりにも思い詰めたジグザグ少年に対し、怖くなったヤリマン少女が危機感を抱き、とりあえずキスだけでもさせておこうと「口づけ」を許したのでしょう。

しかし少年は、ここで初めて自分の犯した行動に気付き冷静になります。
そして彼は思います。
「ここでカッコ良く別れれば、クリスマスの本番はありえるかも・・・」っと。
だから彼は、あえて少女の「まぶた」にキスをすると言った、実にキザで実に奇怪な行動を見せるのです。

そして彼は少女に向かって念を押しました。
「偽りのやさしさで 俺を泣かせるなよ」と。
この少年の言葉は、この時、少女が「クリスマス本番」を了承したと言う裏付けを物語っております。
恐らく少女は、あまりにも思い詰めた少年の狂気に恐れをなし、その場シノギで「クリスマス本番」を了承してしまったのでしょう。

しかし、その後の歌詞では、「Baby 俺達はまだ Baby 青春知らずさ」で終わっております。
しかも、念を押すかのように2回もリピートするといった女々しさなのです。

結局、少年はクリスマス本番をヤらせてもらえなかったのです。
そんな少年は、雨の街角をひとりジグザグと歩きながら「胸でファズ・ギター かきならすようさ」などと意味不明な言葉をブツブツと呟き、そして「Baby 別れても好きさ Baby スニーカーぶるーす」と締めくくっているのです。


さて、このように歌詞を分析してみますと、この場合の「ぶる~す」は、「ブルース」ではなく「ぶる~す」で正しいのだとつくづく思い知らされます。
さすがは日本歌謡界の巨匠・松本隆氏です。
実に奥が深い歌詞でございます。

あっぱれ80年代アイドル!

今僕は、この切ないぶる~すにそう叫びたい心境です。





話しは変わりますが、僕が若い頃に住んでたアパートの隣に、倉庫のように大きなリサイクルショップがあったんですが、そこに山のように古いシングルレコードが売ってありまして(1枚百円)、僕はいつもそこからレコードを盗んでいました。

いや、多分それは盗んでもいい商品でして、それらのレコードは「もう好きなようにしろ!」って感じで倉庫の裏に山積みに捨ててあったのです(それでも1枚百円)。

そんな中で僕が気に入ったレコードがありまして、それが↓これなんです。

もうそのレコードはどこかに消えてしまいましたが、しかし、何十年ぶりに再びこうして彼に出会えるとは・・・
YouTubeさんには感謝感謝でございます。


(しかし・・・あの時、どうして僕はこの曲を選んだのだろうか・・・今だに謎です)

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