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エレベーターの恐怖

2010/03/16 Tue 13:09

エレベーターが怖いんです。

止まる、落ちる、閉じ込められる・・・

乗っている間、ずっとそんな事ばかり考え、恐怖のあまりブルブルと体を震わせております。

小さな箱に入れられて空中をブラブラさせられていると考えただけで泣きそうになるのです。
途中で「やっぱり止めてくれ!」と何度叫んだ事かわかりません(もちろん1人の時です)。

止まる、落ちる、閉じ込められる。

しかしエレベーターが怖いのはこれだけではありません。
そう、あの極度に狭い密室に、

他人と押し込められるという気まずさ。

これが私にとって最も辛い試練なのでございます。


あるデパートのエレベーターで老婆と2人きりになった事がありました。

8階から1階まで降りるという決死のダイブに、私が額に汗を浮かべながら意味不明なお経をブツブツ唱えておりますと、その老婆は7階の婦人服売場からひょっこりと乗り込んで来ました。

すかさず私はその老婆に、なにか喋らなければ!なにか会話をしなければ!と、その沈黙に押し潰されそうになりました。

一刻も早く話し掛けないと、冷たい人・対人関係が苦手な人・無愛想な人、と思われてしまいます。
しかし言葉は何も浮かびません。
焦れば焦るほど老婆に掛ける言葉は何も見当たらないのです。

「元気ですか?」
などと声を掛ければ宗教の勧誘と間違われる。

「これから帰るの?」
などと声を掛ければナンパしているのかと勘違いされる。

「何買ったの?」
なんて聞けば、老婆の経済情報を収集する振り込め詐欺集団の一味かと疑われてしまう。

・・・結局私は気の利いた社交事例のひとつも言えず、空中に浮く箱の中でただただ沈黙の気まずさと落下の恐怖にガタガタと震えているだけでございました。

すると老婆はエレベーターの上部で点滅する階数表示を見上げながら、いきなり「グワ~っ!」という酷く長いゲップをやらかしました。

それは老婆にとっては何の変哲もない日常の出来事かもしれませんが、しかし他人の私にとりましたら大変なアクシデントです。

とたんに恐ろしくなった私は、

もしかしたら何も話し掛けて来ない私に対する威嚇行為なのか?

などと必要以上に深読みしては、更に恐怖を募らせてしまいまいした。

こうなるとあとはもうただひたすらにエレベーターが1階に早く着く事を祈るだけです。

するとまたしてもアクシデントの発生です。
そう、先程の老婆のゲップ臭が、この狭い密室空間の中に漂っているではありませんか!

しかもそのゲップ臭は、明らかに酢豚です!
私の嗅覚が正しければ、この酸っぱい香りは、8階レストランコーナーの中華料理店「民民」の「酢豚ランチ780円」なのでございます!


それが何の匂いかわからないというのもイヤなものですが、しかしそれが「そのもの」の匂いというのもこれまた許せないものでございます。

私は、先日も申しましたように、自分の屁は許せても他人の屁は許せない主義でございまして、当然、屁もゲップも同じであります。

無差別な屁とゲップに対しては、問答無用でそれを攻撃と見なし、その攻撃のあった時点から相手をと見なします。

まして、今回の事件は「屁」のように笑って許されるようなそんな生温いものではありません。

それは、何十年もの間、一度も陽に当たらずしてただジメジメとただグニョグニョと食物を溶かしているだけのポリバケツのような空間(胃袋)から噴射された

「老婆の臭ゲップ」

であり、これは腸が噴き出す屁とは違い、異物が新鮮であるが故、妙に生々しい臭気を発するのであります。

しかも、このゲップという凶器は、屁とはまた違った音色を奏でます。

ゲップを吐き出す口というのは、本来「音を出す」場所でございますから、その音色は、低音高音ソプラノ裏声ダミ声と、本人の意思によってその音色を調節できるわけであり、相手を驚かすのも笑わせるのも脅すのも自由自在なのでございます。

ちなみに、私のこれまでのゲップ調査によりますと、子供のゲップは圧倒的に高音が多く、20代~40代にかけてはほとんどが無音(つまりスカシ)、そしてこれが50代になりますと突然変異でいきなり低音と化し、しかも長い。まるでトンネルに入った時のように「ゴオォぉぉぉぉぉ」という途方もなく長いゲップを奏でる猛者まで現れるのです。
又、性別で見ましても、圧倒的におっさんのゲップは重低音で、おばさんのゲップはスタッカートでありまして、これを地域別で見てみますと関東地区は高音でキレが良く、関西地区はキレの悪いビブラート、東北・北海道になりますと絶対的に「ボスッ!」といったスカシが多く、これが九州・四国になりますと「ゴワッ!」と大胆不敵になるのでございます。

このように、年齢・性別・地域によってゲップというのは違って来ているわけですが、ま、要するにこの調査は私の空想、つまりデタラメでございまして、大して役には立たないのですが、しかし、この時の老婆のゲップは、明らかに私を威嚇しており、そのニオイと音色は悪意に満ちておりました。

それは、一般的な「ゲプっ!」といった生理現象的なものでなく、又、「ガァッ!」といった、ついつい出てしまって慌てて止めましたゴメンナサイ的な、マナーの欠片も見当たりません。

そう、そのゲップを一言で言うなら

九州のライオン

とでも申しましょうか、ゲップをする事によって爽快感を得たいが為に、それがたとえ他人に迷惑を掛けようとも実力行使するといった、まるで私に「文句あっか!」とでも言っているような、そんな下品なゲップなのでございます。

このような殺傷能力の高い臭ゲップを何の罪もない他人に嗅がせるなど、実に反社会的行為であり、一歩間違えば通り魔殺傷事件という大惨事にもなりかねません。

他人と二人きりの密室で臭いゲップをするなんて、そんな悪質なヤツは、

水木しげるの妖怪

にもいません。

しかも香料は酢豚です。
幸い、酢豚好きな私でしたから良かったものの、しかしこれが「酢豚」と気付かない鈍感な人ならば、ゲップから散布された酢豚の「酢」のその酸っぱさを「胃液」と勘違いし、更に恐怖のどん底へと叩き落とされたに違いありません。

こんなヤツをのさばらせてていいのか鳩山!

私はエレベーターの恐怖も忘れ、その老婆のシラーっとした横顔を眺めながら怒りが沸々と湧いて来ました。

これは地下鉄サリンに匹敵する凶悪犯罪であります。
普通でもエレベーターという乗り物を怖がっている私に対し、酢豚の臭気を発しながらライオンが吠えるが如く威嚇したのです。
私があなたに何をした?この私がいったいあなたに何をしたというのだ?
挨拶をしなかったからか?
気の利いた社交辞令のひとつも言えなかったからか?

私は閉所恐怖症の高所恐怖症の対人恐怖症の潔癖性の変態なんだぞ!
しかも他人の屁とゲップを嗅がされたり聞かされたりするのが怖くて怖くて堪らないのだ!
なのになぜそんなに私をイジメる!


・・・・・・・・・・


話しは変わりますが、先日私は「お薬手帳」の存在を初めて知りまして激しく感動いたしました。

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